パウル・クレー | おわらないアトリエ
2011-06-13


クレー単体の展覧会を観るのは、1993年 Bunkamura の「パウル・クレーの芸術」以来だ。このときは、時系列展示のオーソドックスな回顧展だったと記憶している。死の直前の作品のいくつかが、特に印象に残っている。図録と絵はがきを買って、今でも時折見返している。
今回の展覧会はちょっと趣向が変わっていて、クレーの作品製作過程にスポットをあてているんだとか。前売券もきっちり買って開催を待ちわびていた。

この日は晴れたら山登り・雨だったらクレー展と決めていたが、週間予報は7日前からブレることなく雨を予告。当日、予報はぴたりと的中して朝から本降りの雨だったので、予定どおり竹橋へ出かけた。
国立近代美術館に入るのは、よくよく考えてみたら20年ぶりのような気がする。そのときはルドン展だった。


主催が日経新聞で宣伝もあまり目立たないし、そのうえ雨降りなので、どうせそんなに混んでいないだろうと適当な時間に家を出たら、竹橋に着いたのは10時半近くになっていた。
駅の出口でなんか胡散臭いおっさんが立ってタバコを吸っていたので、迷惑ジジイどっか行けと思って睨んだら、にこやかに「ほら、これ、放射能測定器」とか言って傍らを指差すので見てみると、三脚にビデオカメラみたいなのが設置してあった。そこで、つい、思わず、うっかり、口がすべって、「タバコの方が危ないんじゃないの」とか言ってしまった。するとジジイは烈火のごとく怒り出して「そうじゃないんだよ!!」などと怒鳴りだした。ヤベー。こういう連中と関わり合いになると大変なので、慌てて逃げた。後ろでまだ「危なくなんかねーよ!!」「バッカじゃねーの!!」とか叫んでいるのが聞こえた。信号を渡ってから振り返るとジジイはタバコを道路脇の排水口に捨てていた。

のっけからヘンなものを見て気が重くなったが、美術館に入り、相棒がトイレに行っている間に入口付近にある革のイスに腰かけたら、座り心地がとってもよくて、気分が晴れた。東博の法隆寺宝物館にあるのと同じイスだ。マリオ・ベリーニという人のキャブ・チェアというものらしい。

会場内はまあまあの混み具合だった。

花ひらいて(1934,199)
No.022-R。チケットにあしらわれている作品。また、公式サイトのトップも飾っているところからして、展覧会の一番のウリの作品ということだろう。カラフルでリズミカルで、いかにもクレー的なコンポジション。1993年展ではこの前作の『花ひらく木』(1925,119)だけが出品されていた(今回は両方出ている)。1934,199 は、1925,119 よりも色調が明るくて好感度抜群。いったいどうして、こんなジグソーパズルみたいな絵が心に響くのか不思議でしょうがない。
1925,119 を横にして拡大するとこの 1934,199 になり、それは時間を経ているから4次元的な表現だとかなんとか解説があったが、そういう解釈とかはコジツケくさくてなんか好きになれない。
プロセス1 | 写して/塗って/写して || 油彩転写の作品
本展の目玉である、クレーの作品製作過程を検証したコーナー。これは感心した。クレーは、黒い油絵の具を塗った紙を、裏返してカーボン紙のように使って、素描を転写していくというテクを使っているという。実際にその素描と、転写した色付きの作品が並んでいるのでよくわかり、面白い。
反面、後のプロセス2と3は、どうかなあと思った。作品を切って分割することで儲かるからやったんじゃないかと思ってしまうのだ。まあ、どこで切っても作品としてなりたってしまうところが凄いのかなとも思う。
襲われた場所(1922,109)
No.163。横の縞々や矢印を見て、ジャン・ミシェル・フォロンを思い出してしまい、フォロンはさぞかしクレーから影響を受けたのだろうなあと思ったが、帰宅してフォロンの画集を見てみると全然違ってた。フォロンの方がずっとポップだ。テレ東系『美の巨人たち』の7月2日O.A.分はこの作品がテーマになるらしいのでちょっと楽しみだ。

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[美術]

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