24年ぶり来日という小バベル。ブリューゲル好きを自認する者としては見に行かないわけにはいかない(とは言うわりには24年前の記憶はない)。会期の早いうちから関連テレビ番組が続いており、早めの平日に行くことが肝要と考えた。
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〓東京の通勤ラッシュのピークをちょっと過ぎた9時20分頃に上野に着いた。修学旅行っぽい中学生や動物園遠足っぽい幼稚園児の合間を縫って都美術館へと進む。スタバの裏から行列が伸びているのが見えてビビったが、それは開門前の門前の行列で、近づいてみるとさほどでなく、胸をなでおろしつつ、最後尾につく。
開門すると、列は静々と進んだ。幅の狭いエスカレータで地下1階へ降りる。階段は追い抜き防止策か、ロープが張られていた。地下1階に着くと、意外なほどに当日券売り場に並ぶ列が長かった。前売購入済みの我々は、入場口へと遮二無二突き進む。チケットもぎりの列は、延々と蛇行していたモネ展などとは違い、たった一曲がりしているだけで、蛇行はおろかS字すらできていない状況だった。入ってすぐにエレベーターで2階へとあがる。バベルの塔が最上階(2階)にあることはリサーチ済みだ。
果たして、バベルの塔の前には年配の婦人が一人いるだけだった。やはりだいぶん小さい。小さいのは予想どおりだったが、それでも近づけば肉眼でも細部は見えるもんだと思っていたところ、無理だった。顔をくっつけるくらいにすれば見えるのだろうが、そんなことできるわけがない。早速望遠鏡と単眼鏡を取り出した。これでようやく細部の作業員やらが見えた。
2階の部屋は、バベルの塔専用となっていた。相棒は凄いオーラを感じたという。自分は人の少ないうちに見たいという一心だったので、空いていて胸をなでおろすばかりだったが、確かに、薄暗い部屋に1枚だけ絵がかかっている様は、神々しくさえあった。
双眼鏡でじっくり細部を見る。教会の彫像とか、白い人とかは、双眼鏡などの望遠装置がないと確認はできないだろう。塔と空の境界を見たときに、遠近感が強調されて見えたのも、双眼鏡の効果かも知れない。
そうこうしているうちに徐々に見物人が増えてきたが、長居する人はあまりいなくて、比較的短時間で映像コーナーに移動してしまう。せっかく空いてるのに、見ないなんて、なんともったいないことか。人垣はできても2列くらいで、後ろにまわっても人の肩越しにちゃんと見える程度。他の人に場所を譲っても、少しするとまた人が減ってすぐ最前列に復帰できる。じっくりと鑑賞することができたのは素晴らしい体験だった。
気付くと早くも30分が経過していた。一度映像コーナーで解説を見てから、再びバベルの前に戻ってまたまた細部を確認。それでようやく他に移動する気になった。エレベーターで地下に戻る。地下の部屋には坊さんの像とか、なんだか古いテンペラ画があった。興味が湧かないので完全スルー。
1階に上がると、バベルの塔に匹敵する目玉のボスの油絵が2枚並んでいた。寓意画とされるもので、こちらも小さいだろうと思っていたのだが、(バベルとは違って)思ったほどでもなく、木に描かれたフクロウなどは肉眼でも確認できた。聖クリストフォロスの背中にのっている幼いキリストのポーズが笑えた。子供の頭と体の比率がおかしいのも、中世絵画の面白いところ。
いずれも貴重な絵なのだが、純粋に美術として良かったかと言われると、どうなのだろう。
ボス・リバイバル(初めて聞いた言葉だ)の作品群は惹かれるものがなかった。このコーナーを過ぎると、ようやくブリューゲルのコーナーになる。版画で、7年前に Bunkamura で観た『ブリューゲル版画の世界』